朝日新聞に次のような記事が大きく掲載されましたが、記者の取材不足、新聞社側の知識不足を絵に描いたような内容です。
問題は、その「虚報」に近い記事が安全保障法案反対のためにイデオロギー的に使われており、日本の進路を左右するほどの影響力を発揮している点です。まずは問題の記事から。
イラク派遣、危険な実態 宿営地に砲弾10回超/囲む群衆に銃持つ人物
航空自衛隊のイラク派遣の活動を記録した内部文書が16日明らかになり、陸上自衛隊の内部文書とあわせて総括の全容が判明した。自衛隊の活動を『軍事作戦』ととらえ、現地で自衛隊の車両を囲んだ群衆の中に銃を持った人物がいた事実などが記されている。政府が『非戦闘地域』と説明した自衛隊の活動地域で、自衛官らが危険な状況に置かれていた実態が明らかになった。▼3面=虚構の『非戦闘地域』
内部文書は、陸自が2008年、空自が12年度にまとめた。イラク復興支援特別措置法では、派遣期間を通じて戦闘が起きる可能性のない『非戦闘地域』に限って自衛隊が活動すると定めた。陸自はサマワを『非戦闘地域』とした。
ただ、陸自の文書では、宿営地には迫撃砲やロケット弾による攻撃が10回以上発生。宿営地外でも05年12月4日に、サマワ近郊のルメイサで『群衆による抗議行動、投石などを受け、車両のバックミラーが破壊された』。この時、『隊員は、投石する群衆の他に銃を所持している者を発見』したという。第1次復興支援群長を務めた番匠幸一郎氏(現・西部方面総監)は、イラク派遣を『本当の軍事作戦であり、軍事組織としての真価を問われた任務だった』と総括した。
一方、空自の文書でも、『非戦闘地域』で輸送任務に当たった空自の航空機が『脅威下の運航であるにもかかわらず、同じ曜日、同じ時間、同じ飛行場へ定期運航を行っていた』と地上から狙われ、撃墜されるリスクを想定。『運航を不定期化し、攻撃される可能性の局限(限定)を図るべきだ』としている。(朝日新聞2015年7月17日付朝刊1面)
朝日新聞2015年7月17日付朝刊3面(※画質をおとしています)
この記事を読むと、軍事問題にうとく、武器など見たこともないおおかたの日本国民は、今回の安全保障法案の制定によって自衛隊は危険な場所に送り込まれることになり、政府与党はその現実を隠蔽している、と思ってしまうのは間違いないところでしょう。
むろん、自衛隊は観光ツアーに出かけるのではありません。多少なりとも危険があり、無防備な状態で医療チームや農業指導のチームなどを派遣したら、襲撃され、略奪の対象となり、犠牲者が出るのは間違いないと思われる地域だから、それに堪えられる軍事組織としての自衛隊の派遣なのです。世界の平和構築の世界では、そういう形の軍事組織の活動を「防風林(ウインドブレーク)」と呼んでいます。
そのような形で自衛隊が派遣され、武装勢力を引き離したりして安全な状態を創り出すなかで初めて、復興支援など平和構築の営みが可能となるのです。
朝日新聞の記事ばかりでなく、安全保障法案に反対する人々は世界各国が行っている平和構築の営みについても、まったく無知をさらけ出していると言わざるを得ません。その一方で、ことあるごとに「平和国家」「平和主義」と口にするのですから、これを嘘つきといわずしてなんと表現するのでしょうか。
ここはひとつ、自衛隊の内部文書のうち朝日新聞が問題としている個所について、派遣期間と攻撃の回数、戦闘地域における武器使用の常識から整理しておきたいと思います。そうすれば、イラクのサマワが「戦闘地域」だったなどと言えなくなるでしょう。
陸上自衛隊は、2004年1月9日~2006年9月9日の2年8カ月の間に合計6000人あまりを派遣しました。内訳は、イラク復興業務支援群約5500人、イラク復興業務支援隊約500人、撤収のための後送業務隊などです。
航空自衛隊のほうは、2003年12月19日~2009年2月14日の5年2カ月間に約1600人あまりを派遣しました。内訳は、イラク復興支援派遣輸送航空隊、イラク復興支援派遣撤収業務隊などです。
そこで、朝日新聞が鬼の首でも取ったかのように書いている「宿営地には迫撃砲やロケット弾による攻撃が10回以上発生」ですが、これは陸上自衛隊が派遣されていた2年8カ月間で割れば、3カ月に1回ということになります。別な資料によると、砲撃があったのは13回、着弾数は22発ということですが、こちらで計算しても2カ月半に1回でしかありません。
ここで「3カ月に1回」などと書くのは、戦闘時における迫撃砲の操作マニュアルに照らしてみると、戦闘地域における砲撃とはほど遠いものだからです。
武装勢力やテロ組織が多用する迫撃砲は、旧ソ連をルーツとする82ミリ迫撃砲(最大射程3000メートル)ですが、旧ソ連軍のマニュアルによれば戦闘時には1門あたり1分間に15~25発を発射することになっています。
ちなみに、陸上自衛隊の同レベルの火器は81ミリ迫撃砲(最大射程5600メートル)ですが、発射速度は似通ったものです。
着弾地点では、迫撃砲弾で耕されているような状態になるのは、想像するまでもないことです。それが何門も同時に発射されるのが戦闘地域なのです。1分間に何百発も落ちてきます。それくらい発射しなければ、敵を制圧できないのが戦闘地域ですし、さらに大口径の火砲が同じように砲撃してくるのです。
ロケット弾と表記されているのはRPG7対戦車ロケット擲弾ですが、これも目標を正面から撃ち抜くような発射の仕方が戦闘地域におけるものです。サマワでは陸上自衛隊の宿営地に上から落ちるような格好で打ち込まれましたが、これは明らかに別な意図による発射と考えられています。
別な意図とは何でしょう。当時、私もイラク復興支援に当事者として関わっていましたので、いまでもはっきりと憶えていることがあります。それは、「仕事の要求」です。陸上自衛隊は1日あたり700人のイラク人を雇用して復興支援業務にあたっていましたが、なかには仕事にあぶれる部族やグループも出てきます。その点を注意して、まんべんなく仕事が行き渡るようにしておかないと、迫撃砲弾やロケット弾で「催促」されるということなのです。
車両のバックミラーが壊された一件も、ムサンナ県知事の去就に関して住民の不満が噴出した騒ぎのなかでの出来事で、反日デモであればバックミラーの破損くらいですむはずがないではありませんか。
それに、「一家に1挺カラシニコフ」というのが現地の日常です。銃を持った人物を見たという報告を持って、「自衛官らが危険な状況に置かれていた実態が明らかになった」というのは誇張を通り越しており、朝日新聞の見識を疑わざるを得ません。
第1次イラク復興支援業務軍を率いた番匠幸一郎さんの総括として紹介されている「本当の軍事作戦であり、軍事組織としての真価を問われた任務だった」という言葉も、復興支援など世界の平和構築の現場で行われる対反乱戦について述べたものなのです。朝日新聞だけではありませんが、マスコミの取材不足、知識不足がここでも明らかになっているのは覆うべくもありません。
こんな報道になってしまうのは、「非戦闘地域」という紛らわしく誤解を招くような表現を考え出した官僚機構にも責任があり、今度の安全保障法案では教訓としてほしいところですが、いずれにせよサマワが戦闘地域とはほど遠い状態にあったことは理解できると思います。
日本新聞協会の新聞倫理綱領には「新聞は歴史の記録者」と謳われています。この朝日新聞の記事が放置されるようなら、歴史は朝日新聞を許さないでしょう。オーバーかな(笑)。
(この記事は、会員制メールマガジン『NEWSを疑え!』第414号(2015年7月23日号)より了承を得て一部転載しました。)
- (初稿:2015年7月25日 05:45)