「イスラム国」(ISIL)と称する組織の支配地域でジャーナリストなどの拘束、殺害事件が相次いでいる中、危険地域で取材することは許されるかー。朝日新聞は先月末、ISILから奪還されたシリアの街を取材し、長文ルポを次々と掲載したが、外務省の退避勧告に従っていなかったとして批判的に報じるメディアもあった。先週末には、外務省がシリアの取材を計画していたフリーカメラマンに旅券返納命令を出し、渡航の自由や報道の自由をめぐって議論が起きている。メディアは危険地の取材の意義をどう考えているのか。各紙の報道姿勢を検証した。(関連記事=【GoHooレポート】旅券返納命令 「イスラム国支配地域めざす」とミスリード。旅券返納命令については「特集」で検証予定)
朝日新聞がシリア現地ルポを連打
朝日新聞は1月31日付朝刊1面・9面で、ISILから奪還されたばかりのシリア北部アインアルアラブ(クルド名コバニ)の長文のルポタージュ記事を掲載した。取材したのは貫洞欣寛ニューデリー支局長と矢木隆晴カメラマン。「戦闘の爪痕 無人の街」「傷ついた市街地 戻れぬ市民」と見出しをつけ、街中にがれきが広がる光景を4枚のカラー写真とともに伝えた。記事には「トルコ政府の許可を得て、トルコ側から鉄の扉を抜けた」「各国の報道陣約70人と、ほぼ無人の市街を歩き…」と書かれている。トルコ政府の許可のもと他国の多数の報道陣と一緒に現地入りし、一定の安全が確保されていたことがうかがえる(→朝日デジタルで動画と記事の一部掲載)。
朝日新聞は、続けて2月1日付朝刊1面・2面でも、春日芳晃イスタンブール支局長のシリア北部アレッポのルポを掲載。「『イスラム国』震える街 公開処刑 銃で脅され見た 避難した少年証言」「密告横行『次は自分が狙われる』」などの見出しをつけ、ISIL支配地域の処刑や投獄などの生々しい実態について、複数の避難民の証言を詳しく報じた。記事によると、春日記者はシリアの首都ダマスカスからバスでアレッポに向かい「情報を精査して移動経路に『イスラム国』の影響が及んでいないことを確認した」。「いずれの取材も情報省の職員が立ち会ったが、検閲は受けていない」とも記している(→朝日デジタル)。
春日記者は1月25日付朝刊にも、首都ダマスカスのルポを出稿。滞在中も、反体制派の砲弾が飛び交っていたことや、日本人人質事件に関する複数の市民の感想などを報道。ツイッターでも、アレッポで取材した様子や証言を写真なども交えて投稿していた(→朝日デジタル)。
写真はアレッポ大学日本センターで日本語を学ぶ皆さんです。アレッポはシリア最大の激戦地。大学にも何度も砲弾が着弾し、多くの死傷者が出ています。内戦下の過酷な環境にもかかわらず、日本語を学び続けるアレッポの若者と出会い、胸を打たれました。 pic.twitter.com/Tw3CM4BHRZ
— 春日芳晃 (@yoshiakikasuga) 2015, 1月 29
写真は高層ホテルから撮影したアレッポ市内。大まかに言うと、市の東側はヌスラ戦線、西側は政権軍が掌握しています。前線では双方のスナイパーが対峙しており、街を歩く人は皆無です。 pic.twitter.com/X0KZ1wFhKD
— 春日芳晃 (@yoshiakikasuga) 2015, 1月 29
シリアの政権支配地域で多くの人々と語り、驚いたのですが、「イスラム国」(IS)よりヌスラ戦線の方が脅威だと語る人がけっこういます。理由は、①ISは湾岸諸国から来た戦闘員とそれ以外の国から来た戦闘員の間で対立が激しい②支配地域に恐怖政治をしいて住民を服従させているが、(続
— 春日芳晃 (@yoshiakikasuga) 2015, 1月 30
承前)住民の反発は強まっている、などです。すでに内部崩壊が始まっている、いずれ瓦解する、という声も聞きました。一方、ヌスラ戦線はシリア人主体で、ISと違って支配地域で大きな反発を招いておらず、着実に勢力を伸ばしている、とみている人が目立ちました。
— 春日芳晃 (@yoshiakikasuga) 2015, 1月 30
産経は外務省の「強い懸念」を強調 東京は問題提起
こうした朝日新聞記者によるシリア取材について、毎日新聞は1月31日付朝刊「朝日記者アレッポに 政府、シリアから出国要請」、読売新聞は同日付夕刊「朝日記者複数 シリアに入国」(ヨミウリオンラインの見出しは「朝日の複数記者、外務省が退避勧告」)で、朝日新聞の記者が外務省の退避勧告に従わずに取材したことを論評抜きで報じた。
産経新聞2015年2月1日付朝刊29面(産経ニュースにも全文掲載)
特徴的だったのは、産経新聞の2月1日付朝刊の記事。「朝日新聞シリアで取材 外務省 強い懸念」と見出しをつけ、「外務省幹部は『記者も当事者意識を持ってほしい。非常に危険で、いつ拘束されてもおかしくない』と強い懸念を示した」などと、朝日新聞の取材が「当事者意識」を欠き、不適切であったとの印象を与える記事を載せていた。
翌2日付朝刊の「編集日誌」コラム(編集局総務の署名記事)でも、朝日の取材を取り上げていたが、「外務省幹部は記者の行動に強い懸念を示しました」「記者自身が人質になっては元も子もありません。日本だけでなく国際社会に多大な迷惑をかけてしまいます。もちろん記者の生命の危険も考えなければなりません」などと指摘。取材の意義については「事件の現場に近づき、生の情報を取材したいというのが記者の心理」と一般論を述べるとどまり、朝日の一連のルポへの評価はみられなかった(→産経ニュース)。
他方、東京新聞は2月3日付朝刊の「こちら特報部」面で、「問われる大手メディア フリー頼み 紛争報道」を組んだ。外務省の勧告に歩調をあわせた読売や産経の報道に関しては「危険地帯の取材の是非は外務省に従えということなのか」と問題提起。危険地での取材について、読売は「現地の治安と記者の安全確保を考え、ケース・バイ・ケースで判断している」、産経は「記者の安全と現場の状況に応じ、個々に判断している」とコメントしたことを伝えた。あわせて、東京新聞外信部長の「記者の安全が確認されない場所には派遣していない。外務省の渡航情報も考慮した上で、総合的に判断している」とのコメントも載せた。
朝日、国際報道部長の見解を掲載
(Re:お答えします)危険地域で取材、安全どう確認? – 朝日新聞デジタル http://t.co/JrwSapJmr3 今朝の朝刊にシリアなど紛争地での取材を続ける理由を書きました。
— 石合力 Tsutomu ISHIAI (@TsutomuISHIAI) 2015, 2月 4
朝日新聞は今回のシリア取材について、4日付朝刊で石合力・国際報道部長の見解を掲載した(→朝日新聞デジタル)。石合氏は、危険度は場所によってかなり差があること、記者が取材したのはアサド政権やクルド人勢力が支配を確立した地域で戦闘の最前線ではないことを指摘。「治安状況は、外務省情報に加えて、現地当局や地元有力者の最新情報などをもとに検討し、現場に行く前に本社編集幹部が判断しています」と、記者個人ではなく、編集幹部の判断で取材させていることを明らかにした。
一方で、「どんなに注意してもリスクはゼロになりません」と一定の危険があることを認めた上で、「虐殺や人道被害では、現場で記者が取材することが真実にたどりつく限られた方法」であり、「内戦下の人々の実態を知っていただくことは被害を抑止することにもつながる」と取材・報道の意義を強調していた。
危機管理に詳しく、ジャーナリズムのあり方についても積極的に提言をしている静岡県立大学特任教授の小川和久さんは、2月6日放送されたインターネット番組「NEWSを疑え!」に出演した際、人質になった場合の救出の負担などから退避勧告に従ってほしいという外務省の立場にも理解を示す一方、ジャーナリズムは「自らの安全を最大限図りながら行けるところまで行くということがないと役割果たせない」「外務省の退避勧告が妥当かどうなのかも、ジャーナリズムの側がチェックできなければいけない」とも指摘した。また、小川さんは、ジャーナリストは情報機関や軍が入れないようなところにも入って行き、ジャーナリズムでなければ取れない情報があるという利点があり、「政府機関にとってもジャーナリズムは極めて重要」とも話している。
2月17日には、一般財団法人山本美香記念財団の主催で、シンポジウム「なぜジャーナリストは戦場へ向かうのか」が開かれ、中東などの戦地を取材してきたジャーナリストたちが戦場取材の経験や意義について議論するという。
- (初稿:2015年2月10日 18:35)
- (訂正:2015年2月10日 21:04)朝日新聞の国際報道部長の名前に誤りがありました。お詫びして訂正します。
- (修正:2015年2月11日 13:42)石合氏の記事の引用中「内線下…」は「内戦下…」の誤記でした。修正しました。