朝日新聞社の第三者機関「報道と人権委員会」(PRC)は11月12日、5月20日付朝刊掲載の「吉田調書」入手に関する報道についての調査を踏まえ、同社が9月11日に記事を取り消した措置は妥当だったとする見解を発表した。PRC委員は早稲田大学教授(憲法学)の長谷部恭男氏、元最高裁判事で弁護士の宮川光治氏、元NHK副会長の今井義典氏の3人。9月11日、朝日新聞社が取消しを発表したと同時に申立てを受け、取材記者らの聴取りや報告書、資料精査などをもとに検証し、とりまとめた。
検証対象となったのは、朝日新聞が独自に非公開の吉田調書を入手、1面トップで「所長命令に違反 原発撤退 福島第一 所員の9割」などと見出しをとった今年5月20日付記事。2011年3月15日早朝、福島第一原発の所員の9割にあたる約650人が吉田昌郎所長(当時)の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発に撤退していた」と報じた。PRCの見解は、この報道について「大きな意義を持つスクープ記事」と評価しつつ、記事の根幹部分は客観的事実として認められず、推測が事実のように記載されている部分もあったと指摘。「取材は尽くされておらず、公正性と正確性に問題があったといわざるを得ない」と総括した。
見解文は21ページにのぼり、報道内容の検証だけでなく、取材過程や事後対応での新たな事実関係も記されている。以下、PRCが下した事実認定や評価を中心に、ポイントをまとめてみた(福島第一原発を「1F」、福島第二原発を「2F」を表記する)。全文は朝日新聞社のホームページから閲覧できる。
日本報道検証機構は事前に、取材記者ら2人の代理人を務めている喜田村洋一弁護士に取材を申込み、PRCの見解に対するコメントや、見解文に事実誤認があれば指摘するよう求めたが、「取材記者らと検討の結果、諸般の事情で現時点でコメントを出すことは控える」との回答があった。本記事は、あくまでPRCの見解を紹介するものであり、当機構の本件報道に対する立場は、後日「レポート」で発表する予定。
1.命令違反の有無、報道の正確性・公正性について
「命令」ではなく「極めてあいまいな指示」と認定
PRCは、吉田氏が出したと報じられた「待機命令」について、すで2Fの退避が進行中での「これまでと異なる指示」なのに、吉田氏が命令の撤回、変更を伝えるために積極的な言動を出した形跡がないと指摘。加えて、所員らが1Fの重要免震棟の外に安全な場所を見出すことは不可能で「合理性に乏しい」「極めてあいまいな指示」だったと指摘。吉田氏が1F構内もしくは近辺への待機を「指示」したことは裏付けられるとしつつも、「実質的に『命令』と評することができるまでの指示があったとは認められない」と判断した。朝日新聞の杉浦信之取締役(当時)は9月11日の記者会見で「待機命令自体はあった」との見解を示していた。
所員に伝わったかの裏付け取材なし
吉田氏の指示が「極めてあいまい」だったことに加え、所員の多くに的確に伝わっていなかったことも挙げ、「命令違反」とは言えないとした。取材記者が吉田氏の指示が所員に伝わっていたかどうかの裏付け取材をしておらず、吉田氏の指示を直接・間接に聞いたとの証言を得ていないことを明らかにした。
「撤退」は「所員の行動への非難を感じさせる」と指摘
「退避」ではなく「撤退」という表現を用いた点も、「『命令違反』に『撤退』が重なる横見出しは、通常の言語感覚からみて、否定的印象をことさらに強めており、読者に所員の行動への非難を感じさせるもの」と問題視した。
「伝言ゲーム」発言の割愛 「公正性、正確性への配慮欠く」
吉田調書のうち吉田氏が「伝言ゲーム」について述べた部分と「よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思った」と述べた部分が紙面で割愛されていた点(朝日デジタルには掲載)について、PRCは「読者に公正で正確な情報を与える使命に照らすと、掲載すべき」で、「公正性、正確性への配慮に欠けていた」と指摘した。
吉田氏の判断過程に関する記述 「命令から逆算した記者の推測」
5月20日付朝刊2面の「線量上昇せず 待機命令」と見出しがついた記事は、放射線量がほとんど上昇していないことを重く見て1F構内かその付近に待機するよう命令したと、吉田氏の判断過程を記述していた。この点について、PRCは、待機「命令」から逆算した記者の推測にとどまり、吉田氏がサプレッションチェンバの圧力がゼロになったことに危機感を抱き、2Fまで退避させようとバスを手配したことなど、調書で語られた内容と相違していると指摘。吉田氏が述べていることと記者の推測を峻別して記述すべきと指摘した。
- (初稿:2014年11月19日 17:21)