5月30日、安倍晋三首相がシンガポールで開かれたアジア安全保障会議で基調講演を行ったことを受け、産経新聞が31日付朝刊1面に「首相の靖国参拝 会場に賛同の拍手」と見出しをつけた記事を掲載した。実際に会場から拍手が起きたのは、首相が「これからひたすら平和国家として歩むことを宣言したい」と発言した直後だった。産経の見出しと記事は、あたかも会場の出席者が靖国参拝に賛同する意図で拍手をしたかのような誤った印象を与えた可能性が高い。
(左)MSN産経ニュース2014年5月31日掲載、(右)産経新聞同日付朝刊1面
記事のリードでは、安倍首相が「自身の靖国神社参拝について『国のために戦った方に手を合わせる、冥福を祈るのは世界共通のリーダーの姿勢だ』などと語り、会場が拍手に包まれる一幕があった」と記載した上で、これに先立つ出席者の質問を紹介。首相が平和国家として歩むと宣言した発言も「・・・とも述べた」と付け加える形で引用されていたが、拍手がその直後に起きたとは書かれていなかった。記事には、拍手をした出席者のコメントは載っておらず、拍手の意図が首相の靖国参拝に賛同するものだったかどうか確認した形跡がなかった。
安倍首相は基調講演の後、中国人民解放軍の所属とみられる男性出席者から、首相の靖国神社や先の大戦で日本軍に近隣諸国の人々が多数殺されたことについて見解を聞かれ、答弁。首相はまず、自身の参拝時のコメントを紹介する形で、「国のために戦った方々にご冥福をお祈りするのは世界共通のリーダーの姿勢」などと参拝の趣旨を説明したが、その時点で拍手は起きていなかった。その後、首相は「何度も申し上げていることでありますが」と断ったうえで、戦後の日本が平和な国をつくってきたことなどに言及。会場から拍手が起きたのは、首相が最後に「ひたすら平和国家としての歩みを進んできた日本はこれからも平和国家としての歩みを進めていく、これは皆様の前ではっきりと宣言しておきたいと思います」と締めくくった直後だった。すでに参拝の趣旨について発言してから約1分が経過していた。会議の模様は、主催した英国国際問題研究所(IISS)が公開している動画で確認した。
産経の記事は、電子版サイト(当時「MSN産経ニュース)にも同様の見出しで掲載され、ツイッターで2900回以上転送、フェイスブックで5000人以上がいいね!をするなど大きな反響があった。他方で、会議に出席した神保謙慶應義塾大学准教授がいち早く、産経の記事を引用して「正確には総理の発言『ひたすら平和国家としての歩みを進めてまいります』の後の拍手でした」とツイッターで指摘するなど、疑問の声があがっていた。しかし、産経新聞は10月にサイトをリニューアルした後も記事を掲載している(11月17日確認済み)。
安倍首相の発言(一部抜粋)
昨年、私は靖国神社を参拝した際、コメントを述べました。その際、国のために戦った方々のために手を合わせる、ご冥福をお祈りするのは、これは世界共通のリーダーの姿勢であると、私もその意味において、御霊安かれなれと手を合わせ、とこう申し上げました。
同時に、私はこう申し上げました。私は、20世紀は、まさに多くの方々が戦禍に苦しんだ時代であったと、二度と再び人々が戦禍に苦しむことのない平和な時代を作っていくために全力を尽くしていくという面において、不戦の誓いをしたところでございます。
同時に、私は何度も申し上げていることでありますが、日本は、戦後、先の大戦に対する痛切な反省の上に立って、今日の平和な国を作ってきた、そして自由で民主的な日本をつくってきたわけであります。基本的な人権を守り、法を遵守する日本を作ってきた、そのことに誇りを感じているところでありますし、ひたすら平和国家としての歩みを進んできた日本はこれからも平和国家としての歩みを進めていく、これは皆様の前ではっきりと宣言しておきたいと思います。(ここで会場から拍手)
Shangri-La Dialogue 2014 Keynote Address: Shinzo Abe (Japanese)(英国国際問題研究所)
- 第13回アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)安倍内閣総理大臣の基調講演(首相官邸2014/5/30)
- (初稿:2014年11月17日 17:08)